2014年06月22日

播磨の法隆寺  その2

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「戸田の太子さん」で親しまれる鶴林寺(かくりんじ)

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565年、高麗より来朝した僧恵便が加古川で身をかくしている際、聖徳太子が大和からはるばるこの地へ足を運ばれ「木の丸殿」をつくり恵便の教をうけられたという。

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仁王門

国宝太子堂

三重塔

文化財が特別展示されている。

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護摩堂  重要文化財

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池に浮かぶ弁財天


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鶴林寺宝物館

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ここでも 「官兵衛、鶴林寺の国宝を守る」と題して特別展が。

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(写真が撮れへん)

仏像、貴重な資料がたくさんある中でも目をひいたのが加古川市消防本部のヘルメット。

戦国時代の甲冑(よろいかぶと)の横で目立っている。


甲冑と消防士

甲冑とは、武将の威厳や風格及びいろいろな思いが込められた装束。

戦国時代は、常に死と生が背中合わせ。

自分の身が守れなかったら、即、それが死に装束となるのだ。

そのため、自分の甲冑には、信仰や想い入れがかなり表現されている。

そのひとつが、兜についている「前立て」と呼ばれる飾り物。

前立てには、多くの種類があり、月、龍、毛虫、むかで、トンボ、獅子、家紋、神仏などなど

中でも、とんぼは「勝ち虫」といわれ前へ前へと前へのみ進むので、ひきさがることを許されない武将に好まれたそうだ。

こんな甲冑の様式が現在の消防士の防火衣にも取り入れられている。

ヘルメットの上の部分が盛り上がっているのは、落下物の角度を変え衝撃力を逃して頭を守る、シコロと呼ばれるヘルメットから首まわりについているものは、首を守るための物で甲冑と同じ構造になっている。

命を懸けて戦う戦国武将と消防士。

自らの命を守りながら使命を果たし、無事家族のもとに帰るのは、昔も今も同じだ

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振り返って私たち

毎日の仕事を、命がけでやっているだろうか。



食べ物のことは、新・食いしん坊のべログ


posted by いなかさん at 19:38| Comment(0) | わがまち加古川60選 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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