2014年04月18日

教信寺


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わがまち加古川60選のNo.19に選ばれている 念仏山教信寺(きょうしんじ)。

播州薬師霊場の8番札所である。

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教信寺は称名念仏の創始者である教信によって開基された。

教信は、興福寺の僧であったが、奈良の貴族仏教に満足できず、各地を放浪し、現在の加古川市野口町にあった賀古駅家(かこのうまや)の北辺に庵を建て、ここを永住の地とした。

阿弥陀仏の称名に明け暮れると共に、西国街道の旅人の荷物運び、農耕の手伝い、駅ヶ池の造成なども行ったという。


賀古の駅(うまや)の教信沙彌(きょうしんしゃみ)

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教信沙弥廟

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石造 五輪塔

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県指定文化財


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戦国時代、毛利勢と羽柴秀吉勢との激戦の地となった。

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総門

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薬師堂

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不動院

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法泉院

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開山堂


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鐘楼

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本堂




1578年(天正6年)春に兵火により全焼し、1642年(寛永19年)現在の寺領の姿にまで復興した。

幕末期に、再び本堂を焼失したが、1880年(明治13年)書写山円教寺の念仏道場を移築し、現本堂とした。


中世から江戸幕末まで浄土宗西山禅林寺派であったが、明治初期の文明開化による廃仏毀釈や廃藩置県の政策で衰退した仏教寺院から復興するご縁で当山は天台宗に改宗している。


約1200年前の教信の思想哲学と実践は、源信、良忍、空也、法然、親鸞、一遍、永観と継がれ後世の日本浄土佛教思想の礎を築き、与えた影響は大きい。


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通称「野口のねんぶったん」




食べ物のことは、新・食いしん坊のべログ
posted by いなかさん at 20:33| Comment(0) | わがまち加古川60選 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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